1011 GeV 以上の超高エネルギー宇宙線がここ 10 年の間に年間 1 個のペースで見つかってきている。これは大統一理論があると言われているエネルギーのスケール 1015 GeV の目前である。
このような超高エネルギー宇宙線はどこから来ているのか? まず、高エネルギーにするためには加速する必要があり、荷電粒子でなければならない (もちろん初めから高エネルギーであればいいわけだが・・・)。我々の銀河 ( 直径約 10 万光年 ) やその付近にはそのような加速源は見つかっていないらしい。ずっと遠くの、超新星爆発などの衝撃波によって加速されるというメカニズムが考えられているが、僕は詳しくは知らない。
仮にそのような十分遠方で荷電粒子が加速され、地球に降ってくるとしよう。ところがここで問題が生じる。宇宙には背景輻射といって、温度にして3 K 程度のマイクロ波が満ちている。加速された荷電粒子はあまりエネルギーが高いと、この背景輻射と相互作用をしてしまいエネルギーを奪われてしまうのである。従って超高エネルギー粒子はあまり長距離を飛べなくなり、地球まで届かないのである (但し中性粒子であれば背景輻射と相互作用しないので関係なくなる)。このように、地球で観測される宇宙線のエネルギーに上限があることを 3人の発見者の頭文字をとって GZK cut-off と呼ぶ。
以上の話は相対論的場の理論に基づいているわけだが、仮に、量子重力の効果が現れてくるような高いエネルギースケール ( 1019 GeV ) では Lorentz 対称性が成立たなくなると仮定すると、実は上手くいくのだ。荷電粒子は背景輻射と相互作用しなくなるのである。しかも効いてくるのが 1019 GeV 程度のスケールなので、従来の実験と抵触しない(多分)。
で、実際に量子重力が Lorentz 対称性をどうやって破るかを見るために、loop gravity と呼ばれている、loop 空間を使った gauge 理論の非摂動的正準量子化の方法を半古典近似する。詳しくは下に挙げた文献 [1] を読んでいただきたい。
本題にはいる。Lorentz 対称性は本当に量子重力効果で破れるのであろうか?文献 [1] を読むと、確かに「半古典近似」をしたら Lorentz 対称性を破るような補正項が現れることが分かる。さて、いつ破れたのか?
Loop gravity はまだ完成していない。古典重力理論である一般相対性理論は、時間と空間を一筆で記述する 4次元空間が舞台である。一方量子論はというと、ある時刻における状態を考えて、その時間発展を追う学問である。少なくともどちらかが妥協をしない限り量子重力は完成しない。そこで 4次元の美しさを捨て、時間と空間を分離して、いわゆる正準形式にして量子化を行う。
4次元の物理量を3次元に押し込めることはできるが、式の形が複雑になる。ここらへんの事情は特殊相対論と同じで、4次元の目から見たら特殊相対論は単なる Minkowski 空間という線形空間上の幾何に過ぎないのだが、これを3次元の物理量(例えば速度ベクトル)に書き直して考えると、とてもややこしくなる。しかし煩雑になるけれども対称性が失われたわけではないことに注意しよう。このような状況を「Lorentz 対称性が自明でない」と呼ぶ。正準量子化をすると Lorentz 対称性が自明でなくなるのである。
理論に局所的な対称性があると、正準形式においてそれは拘束条件として現れる。解はこの拘束条件式を満たさなければならない。古典重力が持つ4次元の一般座標変換対称性に関する拘束条件は、正準形式において時間変数の変数変換から生じる拘束条件 ( Hamiltonian 拘束 H )と3次元の一般座標変換から生じる拘束条件 ( diffeomorphysm 拘束 D ) に分かれる。また、理論の性質から内部 Lorentz 対称性があるため、ゲージ変換に対する拘束条件 ( gauge 拘束 G ) も現れる。
ここまできてやっと量子化されるわけであるが、拘束条件式も当然量子化されて演算子になる。そして H 、D 及び G を全て満たす量子状態が本物の量子状態になり、重力の量子化は完成したことになる。しかしそんな上手い具合にはいっておらず、最後の砦、H に関しては未だ解けていない。実はここが問題である。
Loop gravity は G 、D を満たす量子状態を求めることができた。いわゆる運動学的な量子状態である。しかも旧来の正準量子化では量子状態のノルムの正値性を満たしていなかったが、成功している。しかし H が満たされていないので本当の量子状態―――力学的な量子状態は作れていない。果たしてこのような状況下で、理論に Lorentz 対称性があるのかないかを議論できるのであろうか。
もし loop gravity が正しい理論であるならば、少なくとも観測量に関しては4次元の対称性(及びゲージ対称性)を持っていなければならないと思う。これは理論が整合的である条件である。
このように Lorentz 対称性が自明でない理論である loop gravity を半古典近似したとしよう。この近似理論は Lorentz 対称性を持っているか否か? はっきり言ってかなり怪しい。[1] を読む限り、どうやら正準量子化そのものが原因で Lorentz 対称性が破れているように思える。
正準変数は3次元空間上の非局所的な量である。この非局所量を局所量で表そうとすると微分項が現れる。4次元ではなく3次元の微分である。この微分項が Lorentz 対称性を破っているのである。勿論4次元の微分であれば Lorentz 対称性は全く破れない。時間方向に変数の非局所性はなく、空間方向にだけあるために、このようなことが起きたのである。
誤解のないように言うと厳密には「Lorentz 対称性の破れ」ではなく「Lorentz 対称性の補正」である。実際、低エネルギーでは Lorentz 対称性は復活する。では高エネルギーでは対称性はなくなるのかというと、そこまでは誰も主張しないだろう。仮に Lorentz 対称性の破れが事実だとして、このことが何を意味するのか、僕には見当もつかない。
[参考文献]
[1] J.Alfaro, H.A.Morales-Tecotl, L.F.Urrutia,
"Loop quantum gravity and light propagation"
(Physical Review D 65(2002)103509, e-print arXiv: hep-th/0108061)