子どもを戦場に送るな

H20/4/13

tomocci は右翼?

このサイトを見た人から、何回か右翼と呼ばれたことがある。まあ正直、私は右翼と思われてに一向に構わない。「伝統を大事にしよう」「日本は必ずしも悪ではなかった」など確かに右寄りだ。

「朝鮮人の強制連行?徴用でしょ?」「従軍慰安婦?経済的理由とか、業者に騙されたとかでしょ?」「南京大虐殺?中国人自身の行為と、戦闘行為も混ぜてるでしょ?それでも30万人は桁数誇張してるでしょ?」など、一部から極右と言われているような主張もしている。別に大日本帝国時代を手放しで礼賛するほど素晴らしかったとは思っていないが、「言われ無き罪」が多すぎるように思える。「それはない」「それは言い過ぎ」を右翼と言うのなら、大いに結構だ。

私の国家観も特異かもしれない。私にとって政府というものは町内会と大して変わらない。政府に隷従つもりなど毛頭無ければ、政府の客(「税金払ってんだから、ちゃんとやって貰わなきゃね~」)だと思ったこともない。自分と異なる考えは批判し、近い考えは支持する。こういう社会になったらいいなと、自分に近い考えの人間に投票する。私はこれが民主主義だと思う。

「政府」という権力者階級があり、憲法は「政府」の行動を抑制するものだ。主権者である「国民」は、「政府」が暴走しないように監視するのだ。などと聞くと頭が痛くなるが、平和主義者の思想は大抵こんな感じだ。こんなのは民主主義とは思えない。

私は別に自民党を支持しているわけではない。むしろ全政党を解党して欲しいくらいだ。官僚などと癒着している旧体制と対抗勢力という構図が気に入らない。保守とリベラルのように、政治姿勢で政党を組んで欲しい。

子どもを戦場に送るな

「子どもを戦場に送るな」というフレーズはよく聞かれる。「二度と戦争をしてはならない」「戦争反対」などなど。

未開の地であった近代の日本は、欧米列強に飲み込まれないために国家予算の大部分を軍事費に充てていた。その意味では「軍国主義」と呼べるだろう。さらには、戦災を経験した、いわゆる「戦争体験者」も大勢いる。東京大空襲や広島・長崎への原爆投下は明らかに国際法違反なのであるが、多くの日本人は「あれが戦争なのだ」と認識しているに違いない。

私も戦争は可能な限り回避すべきだと考えている。しかし、平和主義者とは仲良くなれない。彼らは日本国憲法第九条を愛し、日本の軍隊を否定し、かつての日本を「侵略国」「加害国」「暗黒の時代」と呼んでいるからだ。

平和主義者は居留民の保護を「口実」「名目」と批判する。1945年8月14日ポツダム宣言受諾の下に日本軍は武装解除・即時撤退したのだが、そのとき居留民は置き去りにされ、過酷な目にあった。平和主義者は「軍は守らなかった」「民間人を置いていった」と非難する。

違うだろう。

戦争に負けるとはそう言うことだ。戦争は人を殺すことが目的ではない。そもそも相手国に命令や要求を出し、対立したときに解決する手段として戦争がある。戦争が終われば条約を結ぶ。当然、それに従わなければならない。

決して第一義とは言わないが、居留民の保護は口実でも名目でもない。軍の撤退要求が飲めなかったからアメリカと戦争になったのではないか。「ハルノートに従えば良かった」と「満州で置き去り」は両立できないはずだ。

平和主義者が憲法第九条を改変するのを嫌がる理由は、集団的自衛権だ。日本の外交は弱い。一部では「親米」だの「親中」だの、あるいは侮蔑の意を込めて「親米ポチ」「媚中」などの言い方があるが、要は、どの国にも頭が上がらないと言う事だ。共産党のフレーズだが、今の日本は「アメリカの言いなり」になっている。アメリカの「年次要望書」に基づいて着々と制度改革をしているように見える。自国の主権もあったものではない。このような状況下で憲法を改正し、集団的自衛権の行使が可能になった場合、日本の軍隊はアメリカの小間使いにされるのが落ちだ。その意味では平和主義者の意見に同意できる。「子どもを戦場に送るな」とは集団的自衛権に反対する事を意味する。

例えば、他国軍との合同演習中に他国軍が攻撃されたら、とかPKOなどでの物資補給中に他国軍が攻撃されたら、などの突発的な場合に集団的自衛権を行使できないのは問題があると思うが、同盟国や国連による戦争に参戦するかどうかは慎重にすべきだ。

私が平和主義者の意見と異なる点は、個別的自衛権である。私は個別的自衛権を憲法に明記するか、自衛軍の保持を明確に合憲と解釈できるように文面を変更すべきだと考える。日本国憲法第九条第一項

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

をまともに受け取れば、個別的自衛権も行使できない。自国が当事国であっても「国際紛争」である。おっと、内紛を解決する手段としては構わないのか(笑)

前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

第二項では自衛のための軍隊も否定されている。交戦権が認められていないので、攻撃されても何も出来ない。政府の管轄外に軍隊を置いたり、国民が勝手に交戦するのは合憲だ(笑) 日本国民は「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」し、日本国は「戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」を放棄する。現行憲法に拘るのであれば、私兵を合法にするしかない。そうか、自衛隊を民営化すれば一気に解決か(笑)

戦争をするならば、先に相手の軍事施設を叩くべきだ。しかし今の自衛隊にはそれが出来ない。自衛隊はそんな兵器など持っていないのだ。攻め込まれれば応戦できるが、要は、海上ないしは本土決戦だ。「子どもを戦場に送るな」どころか、戦争になったら子供が死ぬのだ。平和主義者は子供が死んでも良いと思っているのか。「私たちは軍隊を持たない。だから、万が一、攻め込まれたときは、どうか敵国が国際法を遵守するように祈ってくれ。そうでないときは、子供達よ、死んでくれ。」と言えるのか。

個別的自衛権と集団的自衛権をまず分けて議論すべきだ。そして自衛軍を正式に設置し安全保障について深く議論をすべきだ。

子供達のためにも。

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