先日、土用の丑の日ということで、平賀源内の思惑通りスーパーで鰻を買ってきた。
愛知産の鰻の蒲焼き、中国産の鰻の肝、真鯛の刺身、などなど肴を揃え、ビールと日本酒でいつも通りの晩酌タイムだった。
ちくっ。
ちくっ。
ん? 何やら喉が痛いな。骨でも刺さったかな?
よく食べ物を咀嚼しているとき、つい口の中も噛んでしまって血豆が出来ることがある。血豆という言葉が合っているかどうかは分からないが、口の皮は切れずに内部が切れてしまうので、出血した部分が風船のように膨らんでしまう現象のことだ。血豆というと内出血がそのまま凝固してしまったものというイメージ。なので、私の血豆に対するイメージと区別するため、ここでは以降「血袋(ちぶくろ)」と呼ぶことにしよう。血風船(ちぶうせん)もいいな。
ちくっ。
ちくっ。
飲み込む動きをするたびにちくちくと痛みがする。鰻の骨でものどちんこに刺さったかな?
ちくっ。
ちくっ。
まてよ、これって、ひょっとして血袋が出来るパターンの奴?
ちくっ。
ちくっ。
のどちんこに血袋が出来るということは…
ぢくっ。
ぢくっ。
血袋がどんどん大きくなって気道を塞いじゃったりして (^^)
ぢくっ。
ぢくっ。
あれ?
なんか、
息が、
しづらいな。
…
痰が絡んでいる感じがするぞ。
…
もの凄い異物感。
…
いや、ていうか物凄い嘔吐感。
…
のどちんこ、やばくないすか?
と、鏡を見る。まずこれが通常。
そしてこれが、鏡に映った光景。
何これwww
これは死ぬるwww
鰻食って、オレ死ぬwww
呼吸もしづらいし、ひどい吐き気もする。血袋がここまで成長していたのなら納得だ。
状況を楽しんでいないで、そろそろ対処しないと流石にまずい。
とりあえず近場にあった製図用カッターを片手に、鏡の前に行く―――。
おええっ
む、無理。既に冷静に口を開けてカッターで皮を破く余裕がない。吐き気で全く何も出来ない。
とりあえずトイレで吐いてこよう。
トイレに向かう寸前に強烈な嘔吐感。
(もうここで出す!)
無意識に手の平を顎の前に添える。
「ぼえ」
オレの手が真っ赤になった。
あ、破けた。ラッキー。
いやーもう辛かったね、ちくちく痛いわ、息は苦しいわ、吐き気はするわで、もう散々だったよ。
その後、うがいをし続けるも一向に血が止まらない。水で洗い流してたら、そら止まらんわっと独り突っ込み。
半分近く余った肴と酒を、最初のうちは誤魔化し誤魔化し口に入れていたが、気分が萎えたのでそこで終了。
翌朝、大体の症状は理解しているのだが念のため、仕事を抜けて耳鼻咽喉科に行き、診てもらうことにした。おそらく消毒薬をもらうだけなのは分かっていたが。
そのこぢんまりとした診療所には老人の医者がいた。年はとっているが背筋は伸びていて手も震えていない。目も生き生きとしている。
最近の医療設備は、プラスチック製だったり、紙や木で出来た使い捨てだったりするが、そこは違っていた。
金属。
金属製の椅子。金属製の診療器具。
老医師はのどちんこの事は「よく噛め」の一言で終わり、のどの癌についてとうとうと語っていた。「熱い物は駄目」「アルコールも、度数の高い物は駄目」なるほど確かに。それは分かる。分かるというか、知ってる。
老医師はさらに、私の鼻に興味を示し、粘膜を採取した。「水洟(みずばな)だね」老医師はアレルギー性鼻炎の話をし出した。アレルギー性鼻炎。懐かしい響きだ。小学生の頃よく聞いた言葉。高校までひどかったが、大学で症状が出なくなったので放ってある。
採取された粘膜はその後どうなったか知らない。
嫌な経験をした食べ物は嫌いになるという話をよく聞く。
しかし毎年正月に生牡蠣であたっても大好きなままである私は、やはり鰻と再戦した。お互い理解し合えないまま終わるのは納得できないからだ。
傷が癒えてから数日後。財布の中からなけなしの金を出し、鰻を家に持ち帰る。ヱビスをジョッキに注ぎ、蒲焼きを電子レンジに。
箸で小さくさき、口に運ぶ。
もむもむ、ごっくん。うんめ~! (味平世代)
改めて鰻の蒲焼きの食感を確かめてみると、これは咀嚼をいくらしようが、喉を通るときに傷がつく可能性があることに気づいた。鰻、危険だ。あなどれん。
…というとりとめのない話。